管理人は自ら再執筆での再出発を宣言しましたが、3年間何も書きませんでした。
先月久しぶりに、道教記事を執筆し続けた特別寄稿者と歓談しました。
また管理人も、一年ぶりに中国へ夏には行くことにしました。
そこで、3年ぶりに秋までには一本の記事を掲載しますので、もし、このブログの読者がいるようでしたら
期待してください。
2011年7月3日自宅にて
では
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このブログの主要執筆者が休筆してから2年以上たちました。このたび、久しぶりにブログ管理者が中国へ行ってきました。今回はいままで記述してきた時代よりも相当新しい、秦から唐の時代まで栄えていた西安が目的地でした。
本ブログをごらんいただいた皆様はご存知のことですが、中国から一度古代エジプトに関する記述を開始しましたが、なんと言いますか、古代エジプトと古代中国の話となりますと、どうしてもエジプトに関する研究は少なく、中国のほうが参考資料も多くまた、日本人の嗜好としても中国のほうが身近に感じてしまい、結局、エジプトの記述は途中ですが中止しました。
今回、改めて中国古代にもどり、すこしづつ記述をしていくこととしました。
しかし、以前の執筆者は、現在町内会や自治会の要職にあり、当面再度筆を取ることはないようです。そこで、ふつつかですが、管理人が少しづつ筆を進めることとしました。
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デンデラのハトホル神殿(特別寄稿)古代エジプト文明は、紀元前7000年ごろ東サハラ地域で家畜の放牧と穀物栽培が始まることに起源を発している。このあと1000年後にナイル川流域での農業が始まる。4000年ごろにはナイル川での帆船の利用が開始され、3500年には銅製品の加工も始まり、3000年ごろには文字=ヒエログリフも発展する。その後有名な古代エジプト王朝ピラミッド時代へと続く。メソポタミア文明に2000年程度遅いが、ギリシア文明よりも数百年古いことになる。
写真は古代王朝時代のサッカラの階段ピラミッド

ここであえて歴史的な記述をするわけではない。今回古代エジプト文明の一端にふれるべく、われわれは8日間のエジプト旅行にでかけた。この行程は、全8日間でカイロからアスワンまでの代表的な古代遺跡を訪問できるものになっている。アスワンからは、クルーズ船にも乗船し、ナイル川沿いの普段日本人が少ない遺跡も訪問する。
今回は古代エジプト人の死生観、世界観を探訪することが目的となっていた。
その中で訪問した遺跡の中でもとくにわれわれに訪問意義を与えた遺跡が、デンデラのハトホル神殿であった。神殿としては、新王朝時代のものであり、古代エジプトに比較し、グレコローマン化がされているが、逆に、この新たな支配者は、古代エジプト王朝からの王政守護=神格化伝説をより忠実に再現することで、支配力の強化を図っていたように見える。王を守護するホルス神の母であり妻であるハトホル神殿を壮麗に奉ることが支配力の維持に重要であったことは、このデンデラのハトホル神殿を見て、納得したのである。
写真はナイル川沿いにあるコムオンボの神殿(グレコローマ的な神殿、新王国時代)

このハトホル神殿は、その西壁面にクレオパトラ7世のレリーフが刻まれていることで有名である。
しかし、このルクソールから、コンボイでしか訪問できない神殿を、クレオパトラを見るためだけに訪問してはいけない。
以下、古代エジプト王朝から連綿と続いたエジプト文明の死生観、世界観をデンデラのハトホル神殿に刻まれたレリーフを見ながら考えてみる。
写真はハトホル神殿全景

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今回の四川省大地震での被害に遭われた皆様には心よりお見舞い申し上げます。ほんの少しですが各種団体を通じて義捐金のご協力をいたします。
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